Baran研究室に留学してー相原佳典

2014年8月から12月までの約4か月間、スクリプス研究所のPhil S. Baran教授の研究室での研究留学の機会を頂いた。

2014年の4月に留学を快諾する返事をPhil S. Baran教授から頂いた際は、しばらく興奮がおさまらなかった。それもそのはず、Baran教授は多数の複雑な天然有機化合物を斬新な経路かつ短工程で合成を達成しているだけでなく、新しい合成手法の開発も行っている世界的に有名な研究者だ。さらに、Baran研からは毎年のように科学雑誌の最高峰であるNature, Scienceに論文が投稿されている。また、スクリプス研究所は化学をかじっている人では誰もが一度は耳にしたことがあるほど、世界トップクラスの化学者が集まる研究所である。特に私の研究分野で有名なJin-Quan Yu教授も在籍しており、実際に留学に行き、論文の写真で見慣れていた顔をみつけた際は興奮した。

このような憧れの場所で研究ができ、世界一と言ってもいい環境で自分の力を試すことができることから喜びが収まらなかった。

 

カリフォルニア州サンディエゴはメキシコとの国境沿いに位置しており、一年中温暖で夏の間は雲一つない快晴の日が続く。私は自転車で通学していたが、雨具を使ったことがない。それほど降水量が少なく、とても過ごしやすい気候が魅力の一つだ。

スクリプス研究所があるサンディエゴ郊外のラホヤは海岸と丘陵のあるリゾート地として有名でビーチやゴルフ場があり、日本では研究室に一日中こもって実験をして過ごしていた私にとって夢のような場所だった。

 

サンディエゴに着いた翌日にPhilとのミーティングを行い、

「天然有機化合物の合成か反応開発どっちがしたいか?」

と聞かれた。日本で所属している研究室では主に遷移金属触媒を用いた反応開発を行っており、天然有機化合物の合成に関する知識はほとんど皆無だった。しかし、せっかくBaran研で研究を行うなら天然有機物化合物の合成をしたいと考えていたため、「天然有機化合物の合成をしたい」と即答した。

ディスカッションが終わると早速アメリカでの実験を開始した。胸にThe Scripps Research Instituteと刺繍のある青色の白衣に袖を通した時に、自分がBaran研の一員になれたと実感したことを今でもはっきりと覚えている。

Baran研は人数が多く、当時ポスドクと学生合わせて約40人もいる大きな研究グループであった。化学系のメインの建物は開放的なつくりであり、Baran研の部屋は4階にあるため、毎日夕方になると太平洋に沈む夕日がきれいに見え、一日の実験の疲れを癒してくれた。

天然有機化合物の実験は、私が日本でやってきた反応開発実験とは大違いであり、慣れるまで大変苦労した。なかでも反応を検討する際は極めて小さいスケール(0.5mg)で行っており、溶媒が低純度であったことも関係して、精製後においても溶媒由来の不純物が多く入るなど苦労する点も多々あった。

実験以外にもBaran研では、著名な教授の講演や、毎週土曜日に最新の論文紹介・反応機構のクイズを含めたセミナーや、目的の化合物の合成ルートをグループに分かれて考え・発表するブートキャンプなどがあり勉強にも力を入れていた。

 

一緒に実験を行った学生のYiyangには刺激を受けた。彼はシンガポール出身で、イギリスのケンブリッジ大学を卒業し、その間3か月東京大学へ留学している。さらに、いい意味で大変おしゃべり好き、かつ反応に関する知識も豊富であった。そんな彼の化学に対する「純粋な好奇心」が今でも一番心に残っている。

彼に目的の反応がうまくいったことを伝えると、目を輝かせながらディスカッションが始まった。2人で多くのアイディアを出し合い、これを試そう、あれを試そうなど毎日のように話し合った。このディスカッションを通して、化学の面白さを再確認することができた。

 

Baran教授と筆者
Baran教授と筆者

Baran研での研究に関して、一番印象に残っていることは、化学系では珍しく多くの会社と積極的に共同研究を行っているところだ。詳細は(Acc. Chem. Res., Article ASAP DOI: 10.1021/ar500424a)の論文を参考にしてほしい。

実際に私が行っていたプロジェクトもデンマークの製薬会社のLEO ファーマとの共同研究であった。実際には、月に2回程度LEO ファーマの方を含めてテレビ電話でディスカッションしたり、合成した化合物をLEO ファーマに送り生物活性を確認してもらったりしていた。

また、スクリプス研究所では研究所内のグループ間での共同研究も盛んであり、共同研究以外の交流に関しても、週に2度生物系・化学系の論文紹介をしながらランチをする会を学生が主催するなど、日本に比べて多く感じた。

 

研究をするには4ヶ月という期間は極めて短く、予想していた以上に研究は進まなかった。しかし、この留学を通して得られた体験や友人は日本では得られないものであり、今後の人生においても重要なものになると確信している。

最後にこのような機会を与えてくださった茶谷直人教授、留学に関して色々相談にのっていただいた鳶巣守准教授に厚く御礼を申し上げます。そして私の留学を快諾していただいたPhil S. Baran教授にこの場を借りて心から感謝申し上げます。